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金沢21世紀美術館

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EXHIBITION展覧会

時を超えるイヴ・クラインの想像力―不確かさと非物質的なるもの

2022年10月1日(土) -
2023年3月5日(日)

イヴ・クライン《人体測定(ANT66)》1960 年
水性メディウム、紙/カンヴァス
157 × 311 cm
いわき市立美術館蔵

インフォメーション

期間:
2022年10月1日(土) 〜2023年3月5日(日)
10:00~18:00(金・土曜日は20:00まで)
会場:
金沢21世紀美術館
展示室5〜12、14、光庭2
休場日:
月曜日(ただし10月10日、10月31日、1月2日、1月9日は開場)、10月11日(火)、11月1日(火)、12月29日(木)〜1月1日(日)、1月4日(水)、10日(火)

友の会会員について:
予約不要でいつでもご入場いただけます。(ただし、当日の混雑状況により入場制限の可能性があります。)
お問い合わせ:
金沢21世紀美術館 TEL 076-220-2800

概要

イヴ・クラインは、吸い込まれるような鮮やかで深い青―インターナショナル・クライン・ブルー(IKB)―で有名な、青の作家として知られています。荒廃した戦後の「タブラ・ラサ(白紙)」ともいえる状況から、彼は新しい人間性を探求する作家として、彗星のごとく登場しました。クラインが20歳の時、詩人のクロード・パスカルと彫刻家のアルマンとともに過ごしたニースの浜辺で、3人で「世界を分割する」ことを思いつきます。クラインが欲したのは「青空」であり、空に向かって署名することで、空とその無限性を作品として手にしたとされるエピソードは、彼の「非物質性」、「精神の自由」、「空間への飛翔」、「宇宙的な想像力」への関心を示しています。
また、アクションやパフォーマンスを通し、最も非物質的で精神的であると考えた「青」に代表される色や火、水、空気などを用いることで、芸術を物質として見せるのではなく、「感性」を通して触れられるようにしました。若き日に来日したクラインは、柔道の黒帯を取得し、精神と身体の関係を探求したことでも知られています。
同時代、廃墟から立ち上がり、自分の身体や物質、空間の関係をゼロから見直すような実験的な芸術の試みとして、イタリアでは空間主義運動、ドイツなどでは「ゼロ」、日本では「具体」などが展開されました。本展は、イヴ・クラインを中心に、こうした同時代作家、さらに現代の作家を加えて、彼らの芸術に共通する「非物質性」というテーマを浮かび上がらせます。
私たちは、現在、気候変動やウィルス、インターネット情報環境など無数の「見えないもの」が起こす混乱の中で、実体が見えない不確かさの中にいます。それゆえに、クラインの非物質性が生み出す感性や精神性の探究は、ポストインターネット世代を含む現代の芸術家たちの創作にインスピレーションを与えています。本展は、いま、ここにないものを感じ、想像し、不確かな現在を乗り越えていく喜びと力を私たちに与えてくれることでしょう。

関連プログラム

「なぜ今イヴ・クラインなのか―ポストインターネット時代の非物質性を考える」
開催日:2022年10月1日(土) 14:00〜16:00
会場:金沢21世紀美術館 シアター21
料金:無料
定員:120名 *WEB申し込みフォームより予約、先着順

料金

一般:1,400円(1,100円)
大学生:1,000円(800円)
小中高生:500円(400円)
65歳以上の方:1,100円
※( )内はWEB販売料金・団体料金(20名以上)
※当日窓口販売は閉場の30分前まで
※入場当日に限り「コレクション展1 うつわ」(対象期間:10月1日〜10月16日)及び「コレクション展2 Sea Lane – 島々への接続」(対象期間:11月3日~3月5日)にもご入場いただけます。

日時指定WEBチケット購入について:
入場時間枠:
[1] 10:00~11:00 [2] 11:00~12:00 [3] 12:00~13:00 [4] 13:00~14:00
[5] 14:00~15:00 [6] 15:00~16:00 [7] 16:00~17:00 [8] 17:00~18:00
[9] 18:00~19:00 [10] 19:00~20:00
※ [9][10]は金・土曜日のみ
販売分:前月1日の10:00〜

日時指定WEBチケット購入

・日時指定WEBチケット及び当日券は、指定の入場時間枠ごとの数量限定販売となります(先着順・予定数量に達し次第販売終了)。
・展覧会場入り口にて、購入済みページの二次元コード画面または印刷したものをご提示ください。
・各時間枠の開始直後は、入場待ち列ができることがあります。

作家プロフィール

Portrait of Yves Klein made on the occasion of the shooting of Peter Morley "The Heartbeat of France" February 1961
Charles Wilp's studio, Düsseldorf, Allemagne
© The Estate of Yves Klein c/o ADAGP, Paris
Photo © : Charles Wilp / BPK, Berlin

イヴ・クライン(1928〜1962)

わずか34年余りの人生のうちに、数々の傑作を生み出し、世界的にも高く評価されているフランスのアーティスト。「ヌーヴォーレアリスム」グループの一員。芸術の「脱物質化」を求め、新しい技法や芸術に対する大胆な試みを行った。とりわけ、自ら開発した青の顔料「インターナショナル・クライン・ブルー(IKB)」で知られる。
クラインは、19歳のとき、空の中に非物質的な世界を見いだしたことから絵を描き始め、最初のモノクローム(単色)の理論を打ち立てた。やがて柔道を習うようになったクラインは、1952-53年に日本に滞在し、東京の講道館にて黒帯を取得、後にパリで柔道を教える。この日本滞在時に広島の原爆について深く知るようになり、その影響を受けて後年、ヌード・モデルが彼の指示で青の絵の具を塗り、キャンバスに体を押し付ける「人体測定」のシリーズを制作した。
1958年にはギャラリーに何も展示されていない「空虚」展で物議を醸した。その後も、「非物質的な感性の領域」の実験を始め、火や金箔、海綿といった自然のエレメントを取り入れた作品や、ピンク、青、金といったモノクローム作品など、多くの作品を生み出した。心臓発作のためパリで死去、享年34歳。

Photo: David Bebber 2021

ハルーン・ミルザ

1977年、イギリス・ロンドン生まれ。同地在住。音や光、電流を用いたインスタレーションで国際的に高い評価を受けているアーティスト。その手法は彫刻、パフォーマンス、没入型インスタレーションなど多岐にわたる。ミルザは、作品を通して、ノイズ、サウンド、音楽の知覚的な区別を再考するよう促す。近年のプロジェクトにリバプール・ビエンナーレ(2021年)、「Haroon Mirza」(2020年、福岡・現代美術センターCCA北九州)などがある。

Photo: Giannis Vastardis

キムスージャ

1957年、韓国・大邱生まれ。現在、ソウル、ニューヨーク、パリ在住。
国際的に高く評価されているコンセプチュアル・マルチメディア・アーティスト。サイトスペシフィックなインスタレーションを組み合わせて作られるキムスージャの作品は、美学、文化、政治、環境の問題に取り組みながら、人間の条件をも追究する。
近年のプロジェクトに、フランスのメッスにあるメッス大聖堂のステンドグラス制作(2022年)、ニューサウスウェールズのアートギャラリー(AGNSW)の常設作品がある。また、カッセル・ドクメンタ14、ヴェネチア・ビエンナーレ、サンパウロ・ビエンナーレなど、国際的なビエンナーレやトリエンナーレにも数多く参加している。

Photo: 竹久直樹

布施琳太郎

1994 年、東京生まれ。iPhone発売以降の都市で可能な「新しい孤独」を絵画や映像作品の制作、評論や詩の執筆、展覧会の企画などを通して実践している。
主な個展に「新しい死体」(2022年、PARCO MUSEUM TOKYO)、「すべて最初のラブソング」(2021年、東京・The 5th Floor)。展覧会の企画に「惑星ザムザ」(2022年、東京・小高製本工業跡地)、「隔離式濃厚接触室」(2020年、ウェブページ上で展開)。また、「美術手帖」や「文學界」、「現代詩手帖」、「ユリイカ」などに寄稿多数。

Photo: Dario Lagana,
Courtesy of Studio
Tomás Saraceno.

トマス・サラセーノ

1973年、アルゼンチン生まれ。ベルリンを拠点に活動。生命の形態と生命形成との対話を軸に、「キャピタロセン(資本新世)」の家父長制時代における支配的な知識の糸を再考する作品を制作している。近年のプロジェクトに「TOMÁS SARACENO: PARTICULAR MATTER(S)」(2022年、ニューヨーク・THE SHED)、「ON AIR」(2018年、パリ・パレ・ド・トーキョー)があり、ヴェネチア・ビエンナーレなど国際的なビエンナーレやトリエンナーレにも数多く参加している。また、TEDでの講演や国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)への芸術的介入を行うなど、多様な活動を展開している。

展示構成

イヴ・クライン《人体レリーフ (クロード・パスカル)―PR3》1962年
顔料(青)・合成樹脂、ブロンズ、金で彩色された板
178 × 94 × 33 cm
彫刻の森美術館(公益財団法人彫刻の森芸術文化財団)蔵

非物質的な金 / Immaterial Gold(展示室7)

クラインは、金の持つ色とその物質的な存在感に特別な精神性や象徴性を見ていた。彼は、見えない非物質的な領域と、変幻自在でありながら地球上で最も安定している金との不可分な関係性を、生涯探求し続けたといえる。
彼は、モノクローム絵画において、非物質なるものを表す色として、青、薔薇色(ピンク)、そして金を主として用いている。錬金術の影響もあり、クラインは、この3色を金:「精神」―青:「空間」―:薔薇色:「生命」と、宇宙を構成する三原色と捉えていた。物質としての金との出会いは、1949年にロンドンの額装屋《サヴァージュ》で働き、未加工の顔料や金箔の扱い方を学んだことに始まっており、その経験から後にモノクローム絵画の制作を開始した。
また、日本滞在時、金屏風からモノクローム絵画表現のインスピレーションを得たとも言われている。この展示室では、国内の金箔の99%のシェアを持つ金沢で制作された金屏風とクラインの金のモノクロームを対比することで、クラインの想像力の源をたどる。彼は、34歳という若さで夭折するまで、金(金箔)を絵画のみならず多くの作品やパフォーマンスにて用いた。没年1962年には、「非物質的な領域」と金を一定の重量で交換する儀式的なパフォーマンスや、宇宙に存在する生の表現として、ヌーヴォー・レアリスムの作家たちを型取りしたレリーフを制作している。

イヴ・クライン《人体測定(ANT66)》1960年
水性メディウム、紙/カンヴァス
157 × 311 cm
いわき市立美術館蔵

身体とアクション / Body and Action(展示室8)

戦後のタブラ・ラサの時代、多くの芸術家が唯一確かなもの、自分の身体とアクションを通して新しい表現を模索した。柔道によって身体と精神の統合を探求したクラインもその一人である。代表作「人体測定」シリーズでは、「インターナショナル・クライン・ブルー」(IKB)を女性のモデルに塗り、身体の運動を紙に直接押し付け、見えない宇宙の現象の痕跡を定着させようとした。日本滞在時に魚拓や広島の原爆の放射熱による人間の残像(「死」の人影)を知ったことで、人間の身体が残す痕跡への関心を深めたとされている。また美術界の知人を通して、事物の具体性やアクションを作品につなげる同時代の関西の具体美術協会の活動に関心を持ち、機関紙「具体」も所有していた。白髪一雄らのアクション・ペインティングや具体の野外パフォーマンスはアクションを通じて身体と物質、空間の関係を形成する点においてクラインと多くの共通性がある。
そして、パリ郊外の家の2階の窓から彼があたかも飛んでいるような瞬間を捉えた《空虚への飛翔》は、宇宙と同化し浮遊することができるというクラインの夢である。彼は自分が空を飛べると多くの人に錯覚させるために、これを記念した偽りの新聞をパリの新聞販売店に配り、大きな話題を呼ぶことになる。空虚へと羽ばたこうとした《空虚への飛翔》は、物理的な身体の行為をもって、精神の絶対的自由という非物質的な空間と一体になるための挑戦であった。

イヴ・クライン《海綿レリーフ(青)RE-42》 制作年不詳 海綿、小石、顔料、合成樹脂/板
93.5 × 73.5 cm
滋賀県立美術館蔵

音楽とパフォーマンス / Music and Performance(展示室9)

クラインが影響を受けていた薔薇十字団の思想において、音楽は霊魂であり生命の表現である。クラインはモノクローム絵画への関心と同時に、「モノトーン・シンフォニー」のアイデアを構想している。「ただ一つの音」を引き伸ばした前半と全くの沈黙による後半によって構成されたこの交響曲は、クラインにとってのモノクローム絵画と空虚の表裏一体の関係を、単和音と沈黙によって音楽形式を通して示しているといえるだろう。クラインは、ドイツのゲルゼンキルヒェンに新しく建設されるオペラハウスの壁画制作も依頼されている。その大壁画に用いたスポンジのレリーフも、音と空間の関係に対する一つの表現といえる。
また、1960年3月9日に行った人体測定プリントの公開制作では、オーケストラによる「モノトーン・シンフォニー」の演奏を指揮した。正装した100人余りの鑑賞者が見守るなか、クラインはタキシードに白のネクタイという格好だった。オーケストラとモデルのパフォーマンスの双方を指揮しつつ、自らは指先ひとつ汚さず作品を制作することで、身体(生)と空虚の関係を演出したのである。これらをはじめ、1001個の青の風船を空へ放つ《気体彫刻》など多くのパフォーマンスはいずれも儀式性を持ち、人間の生と虚の関係に働きかけることにより高次の存在へと昇華しようとする意図が通底している。同様に、空に風船を浮かばせることで、空を展覧会場とした具体の『国際スカイフェスティバル』(1960年)とは、「浮遊性」や「空という展示空間」という考え方において共通するだろう。

イヴ・クライン《無題(火の絵)》 1962年
焼いた段ボール/パネル
41 × 33 cm
イヴ・クライン・アーカイブス蔵

火 / Fire(展示室10)

クラインは素材や制作手段として「火」を用いる作品も多く制作している。ガスバーナーで燃やした絵画面をすぐに水で消化する「火の絵画」はその代表例である。同時代の多くのアーティストも火への関心を持っていたが、クラインは絵画表現で火を用いた芸術家の最初の一人として考えられ、プラスチックをバーナーで燃やすアルベルト・ブッリやクラインとも親しかったルーチョ・フォンタナらが大きな影響を与えることになるイタリアのアルテ・ポーヴェラ(貧しい芸術)の運動にも先駆けるものであった。
また、クラインは、建築家ヴェルナー・ルーナウとの「空気の建築」の構想の中でも火を重視していた。火は同時に都市や社会の象徴であるとも考え、この「空気の建築」の計画の中で唯一実現したのが、1961年に自身の回顧展に合わせハウスランゲ美術館の中庭に制作した「火の壁」である。錬金術や薔薇十字団においても火は重要な要素であり、また生命の源であるとされているが、非物質的な現象の痕跡を残そうとするクラインの一貫した姿勢が火の表現の中に見て取れる。

ルーチョ・フォンタナ《空間概念 期待》1962年
油彩/カンヴァス
81 × 65 cm
福岡市美術館蔵

色と空間 / Color and Space(展示室11)

クラインは色彩を概念的に解釈するのではなく、感性的な空間として捉えている。モノクロームの表面の顔料が空間に染み込み、絵画の表面を超えることで、それぞれの色彩が、「存在」、「生き物」、「活発な力」となることを企てた。
また、クラインは、絵画において重要なのは線ではなく色彩であると考え、その可能性を生涯にわたり模索した。彼によれば、線と違い色彩は、人間や内的な生命にとって必要不可欠であり、空間の中にすぐに溶け込むために自由なものである。
同時に、空間と色彩の関係は、モノクロームの絵画面を切り裂くルーチョ・フォンタナの「空間概念」を通してクラインに先んじて探求されている。あるいは具体に参加していた元永定正は、色水をビニールチューブに入れ吊るした作品《作品(水)》を1956年の「野外具体美術展」で展示している。クラインは、宇宙的な感性の中で色彩こそ最も潤いのあるものだと考えたが、この展示室では、元永やフォンタナら同時代の作家の鮮やかな色彩が融合しながらクラインの作品と共鳴し、一つの生命となる。

白髪富士子《無題》1955年頃
和紙など
107.5 × 77 cm
個人蔵

白と空虚 / The White and The Void(展示室14)

クラインは1958年、通称「空虚」展(正式名称:「第一物質の状態における感性を絵画的感性へと安定させる特殊化」展)を開催する。画廊の外側の壁を全て青く塗る一方で、部屋の中の家具を取り除き、48時間かけて室内を真っ白に塗り上げた。観客はこの空っぽの展覧会に驚愕したが、クラインにとってこの部屋は空っぽなのではなく、部屋の外の青の絵画的感性が非物質化され充満している空間なのである。この展覧会を訪れた小説家のアルベール・カミュは、芳名録に「空虚に満たされた力」と記している。
色彩としての白は、充溢した無、空虚を表し、論理化されえない偶然性や想像力、無意識をはらんでいる。特にギュンター・ユッカー、ピエロ・マンゾーニやエンリコ・カステラーニら、ヨーロッパの「ゼロ」や「新傾向」と呼ばれた同時代のアーティストたちは、クラインに触発されるかのように次々に様々な素材を用いて、白を基調としたモノクローム絵画を生み出した。また、無限の網の目の幻覚を描いた草間彌生、構図を排除したゼロ会(具体の前身の一つ)の一員であり、紙のしわや破れによって白の生み出す繊細な空間を表現した白髪富士子など、多様な空虚がそこに展開された。

[参考画像]
Yves Klein, Pigment pur bleu, 1957 original / 2021 reproduction at Opera Gallery Geneva Pure blue pigment, dimension variable
Yves Klein Archives
© The Estate of Yves Klein c/o ADAGP, Paris

青の顔料 / Blue Pigment(展示室5(光庭))

若きクラインは、ロンドンの額装屋《サヴァージュ》で働いている際、金箔とともに、純粋な未加工の顔料の美しさに魅せられた。顔料と油を混ぜる油絵具よりも、顔料の粉末それ自体に、色彩の自立した生命を見いだし、生のままの顔料を変質させずに支持体に定着させるモノクローム絵画の技法を生み出した。鑑賞者が受け入れやすいように、モノクロームを絵画(タブロー)として壁にかける作品を発表していたが、クライン本人は、粉末状の顔料をもっとも自由な状態に保つには、単純に絵を地面の上に平らに置けばいいと考えていた。床に平らに置くことによって、目に見えない引力により、顔料は純粋な状態で地に定着する。また、《青い雨》はこの顔料を絵画ではなく12本の棒に塗ることで、降り続ける雨の時間と空間の持続が表現されている。他の色が次元を持っているのに比べて、抽象的な色である青は次元を持たず、「超次元的」であると考えたクラインは、顔料そのものの持っている無限の可能性、色彩の神秘を追い求めたのである。

柔道家小田常胤とイヴ・クラインが五の形を演じているようす(東京・小田道場)1953 Tokyo, Japon, Paris, France
Photo © : All rights reserved

イヴ・クラインと日本 / Yves Klein and Japan(展示室7、8前の通路)

ニースの警察附属柔道教室で柔道を学び始めたクラインは、「柔よく剛を制す」という柔道の技術にとりわけ強い関心を持っていた。そして、1952年9月から1954年1月まで、日本に留学する。当時、ヨーロッパで柔道の四段位保持者は極めて珍しかったが、クラインは日本に留学後およそ15か月程度という異例の早さで講道館から四段位認定を受けた。柔道の投げ技や受け身の訓練から、後の《空虚への飛翔》につながる空中浮遊の身体感覚を学び、礼儀作法からはパフォーマンスにおける儀式的要素の重要性を見いだしたと考えられる。柔道以外にも日本滞在中に、人体測定シリーズのヒントとなる魚拓や力士の手形を見たり、日本の漆器を「モノクローム」として捉えるなど、日本滞在で経験した様々な「型」は、クラインの後の想像力に影響を与えている。美術評論家の植村鷹千代や東野芳明など多くの美術関係者と交流があり、ブリヂストン美術館で画家の両親の展覧会を開催したりした。美術評論家の瀬木慎一とも深い親交があり、彼はクラインのモノクロームを「たえざる変化をみせ」、「矛盾する感覚が同時によびさまされる」、と評している。1962年、日本での個展のため家族との来日を予定していたが、心臓発作で急逝し、再び日本の地を踏むことは叶わなかった。

カタログ予約・販売

当館ミュージアムショップにて本展カタログを予約・販売いたします。
予約受付:当館ミュージアムショップレジカウンターにて受付(予定)
執筆:エマ・ラヴィーニュ(本展共同キュレーター、ピノーコレクションCEO)、長谷川祐子(金沢21世紀美術館 館長)、他
仕様:A4変形、ページ数未定  価格:未定
出版社:美術出版社  発売日:2022年11月下旬(予定)

Images

    Yves Klein, Leap into the Void, 1960
    5, rue Gentil-Bernard, Paris, France
    © The Estate of Yves Klein c/o ADAGP, Paris
    Photo © : Harry Shunk and Janos Kender
    J.Paul Getty Trust. The Getty Research Institute, Los Angeles. (2014.R.20)

主催/ほか

主催:
金沢21世紀美術館[公益財団法人金沢芸術創造財団]
特別協賛:
ヴーヴ・クリコ

協賛:
ゲラン

特別協力:
イヴ・クライン・アーカイブス

協力:
日本航空株式会社

後援:
在日フランス大使館 / アンスティチュ・フランセ日本